教育資源と研究資源を統合した非定型学習環境の提案

吉田 敏也, 松村 敦, 宇陀 則彦
筑波大学図書館情報メディア研究科
〒305-8550 茨城県つくば市春日1-2

概要

本研究は,学習者の視点を考慮した非定型学習環境の構築を目指すものである.非定型学習とは,学習者が興味・関心に合わせて,主体的に学習活動を展開できる学習形態である.非定型学習環境の構築には,1)大学の教育・研究に関わる情報資源を統合的に利用できること,2)個人学習向けに情報資源の再構成を行うことが必要である.本稿では,非定型学習の枠組みの提案を行い,現在実装中のシステムについて報告する.

キーワード

非定型学習,学習管理システム,ディジタル図書館,系列化

Proposal of an Informal Learning Environment Constructed from the Integration of Educational and Research Resources

Toshiya YOSHIDA, Atsushi MATSUMURA, Norihiko UDA
Graduate School of Library, Information and Media Studies, University of Tsukuba
1-2, Kasuga, Tsukuba, Ibaraki, 305-8550, JAPAN

Abstract

The aim of this study is to construct an informal learning environment based on the learner's subjective viewpoint. Informal learning provides user support based on their interests. To construct the informal learning environment, it is necessary to integrate both educational and research resources, and reconstruct those information resources for self-learning. In this paper, we propose a framework for the informal learning environment and also present the prototype system that is being developed.

Keywords

Informal Learning, LMS: Leaning Management System, Digital Library, Sequencing

1. はじめに

学習は,対象となる事象を認識し,解釈することで成立する.そのため,学習には土台となる基礎的な知識や技術が不可欠であり,そこに教育の必然性が導き出せる.特に,初等中等教育の段階では,対象となる学習者の人格形成に深く関わる要素となり,学習者の思考や思想に直結したものとなる.これまでは学習目標に対し,学習活動の結果のみが尊重されてきたが,その学習を通じて何が出来るようになったかという,学習活動の成果が重視される時代になってきた.我が国でも,主体的な活動を通じて,個人的・社会的諸問題の認識とそれに対する解決能力の育成に力を注ぎはじめた.総合的な学習はその典型的なものであり,与えられた情報や事実を吸収するだけではなく,多様な分野にまたがる知識や技術を自らの知識体系と関連付けながら学んでいくことが重視されてきている.

これまでの学習は,教師の視点から授業科目を軸として定式化されている.授業内容は,初等中等教育の段階では学習指導要領によって,高等教育の段階ではカリキュラムによって編成されている.学習者は,定式化された学習内容や学習の流れに従い学習を進めることで,体系的に理解を深めていくことができえる.本研究では,このような学習形態を『定型学習』と定義する.

しかしながら,社会環境の変化に伴い,定型学習では対応できない多くの問題が日常生活の局面で生じてきた.例えば,就職活動のため企業のことについて調べたり,病気に関する治療法を選択したり,自分でテーマを設定して学習したりする場合である.

従来行われてきた定型学習は,教師によってあらかじめ用意された学習内容が,学習者の学習目的と合致する場合には有効であるが,多様な問題解決の局面では必ずしも有効とはいえない.

そこで本研究では,学習の主体である学習者に着目し,学習者自ら学習を進める学習を『非定型学習』と定義し,学習者それぞれの状況と興味・関心に応じて主体的に進める学習環境の構築を目指す.

2. 非定型学習の提案

学習状況や興味・関心に応じて学習のパスは変化する.学習のパスとは,学習者の思考を介して形成された情報資源間のつながりである.定型学習では,学習対象や利用する情報資源が既に用意されているため,学習のパスは固定的である.一方,非定型学習では,学習者自身が興味に応じて情報資源を自発的に選択し,学習を進めるので,学習パスは動的に変化する.

非定型学習の性格上,どのような情報資源が選択されるか事前に予測することはできない.したがって,どのような学習要求にも対応できるよう多種多様な情報資源を用意しておく必要がある.また,情報資源を選択する順番も複数考えられるが,学習効果をあげるためには,学習者の自主性と情報資源の意味的なつながりをバランスよく配した適切な系列化が必要である.

3. 情報資源の統合と再構成

非定型学習では多種多様な情報資源が必要である.大学は教育・研究に有用な情報資源を持つが,これらの資源は分散したシステムで提供されることが多く,その相互運用性が課題となっている[1].

学習用の教育資源は,学習管理システム(Learning Management System.以下LMSとする)によって提供されるのが一般的である.LMSでは,コンテンツが学習用に加工されて配信されている.しかし,個々のコンテンツは,授業科目に依存しており,必要とする情報だけを柔軟に選択することは困難である.また,既存の教育システムは授業に関連する情報しか提供していないため,利用できる情報資源も限られている.

一方,学術分野を中心に研究資源を提供してきたものがディジタル図書館である[2].現在,ディジタル図書館ではリンキング技術により,情報資源を統合的に利用できるようになりつつあるが,大学の講義ノートやシラバスなど教育資源は対象外となっていることがほとんどである.

このように教育資源と研究資源は別々に提供されている.しかし,もし教育資源と研究資源が統合できれば効果的な非定型学習の支援が期待できる.教育資源・研究資源を統合したオンライン学習環境を目指したものとして,英国JISCのOLIVE(Open Linking Implementation Virtual Environment)がある[3].OLIVEは,従来のLMSやディジタル図書館の枠を越えたアーキテクチャとして示唆に富むものである.しかし,様々な情報資源を統合しただけでは十分ではなく,学習に合わせた情報資源の再構成と系列化を行う必要がある.

4. 非定型学習環境の構築

前節より,非定型学習環境を構築するための重要な要素として,次のことが指摘できる.

1. 教育・研究資源の統合利用環境の構築

2. 提供する情報資源の再構成

本稿では,上記の2点に絞り,現在実装中のシステムについて報告する.

4.1 情報資源の統合利用環境の構築

実装するシステムでは,教育・研究に関わる多種多様な情報資源を収集する.本研究が対象とする情報資源として,教育資源は授業関連資料のシラバス,講義ノート,各種教材などがある.また,研究資源は大学図書館が提供してきた図書や雑誌論文の文献情報,紀要,学位論文などがその対象となる.各情報資源に対し,メタデータがないものは手動で付与する.また,必要に応じてOAI-PMH[4]のフレームワークを利用してハーベスト可能なメタデータを逐次収集する.

次に,情報資源を統合的に利用可能にするため,情報資源間にリンクを生成する.ここではキーワードの共起関係に基づく類似性,メタデータの相互参照関係に基づく関連性を利用する.実装するシステムでは,学習トピックとして入力されたキーワードと,情報資源から抽出したキーワードとのマッピングを行い,関連情報を提示する.

4.2 情報資源の再構成

学習用に情報資源の再構成を行うため,情報資源の粒度を考慮した上で,個人学習用に系列化を行う.系列化とは,学習状況に応じて,提供する情報資源を組み替える処理である.系列化に関する研究は教育工学を中心に,教材間の関係に注目して遺伝的アルゴリズムGA(Genetic Algorithms)を適用する研究[5] や,学習者モデルを適用する研究[6]などが行われている.しかし,先行研究は対象とする利用者や情報資源が限定的であり,種々の情報資源を対象とした系列化アルゴリズムを導入する必要がある.

本研究では,系列化にあたり,学習に内容間の依存関係があることに注目する.非定型学習でも学習の論理的な流れを考慮する必要があるため,授業科目の構造を利用する.柔軟な学習内容を構成するため,授業科目をより細かい粒度で扱えるようにする.

系列化アルゴリズムは現在検討中であるが,アルゴリズムの例として,a) 利用した情報資源が既に学習済みと判断された場合,重複する情報を次の系列では提示しない,b) 以前の学習トピックに立ち戻る場合,学習トピックが変化した時点の情報資源を提示する,といった処理が考えられる.そして,学習者の学習トピックの変更に伴って系列化を行うために,その処理は動的なものとなる.システムでは,動的な系列を生成するために,学習履歴機能を実装する.ここでは学習者が「いつ」「何を」参照したかを記録し,学習者の学習の軌跡として参照できるようにする.こうして系列化された情報資源に従って,学習者は学習を進めることになる(図).


図 本研究の情報提供モデル

5. おわりに

本稿では,学習者の主体性を考慮し,学習状況や興味・関心に応じて学習を進めることができる学習環境として,非定型学習の提案を行った.非定型学習環境を実装する上で,大学の教育・研究に関わる情報資源が統合的に利用できること,個人学習向けに情報資源の再構成を行うことが必要であることを指摘した.今後は,システムの実装後,非定型学習環境としての有効性を検証するつもりである.

参考文献

[1] Dale Flecker, et al. Digital Library Content and Course Management Systems: Issues of Interoperation. Digital Library Federation. 2004, (online), available from < http://www.diglib.org/pubs/cmsdl0407/ >, (accessed 2006-10-12).

[2] 学術審議会建議. "大学図書館における電子図書館的機能の充実・強化について". 1996, (オンライン), 入手先< http://wwwsoc.nii.ac.jp/janul/j/documents/mext/kengi.html >, (参照 2006-10-12).

[3] JISC. "Open Linking Implementation in a Virtual Learning Environment (OLIVE)" (online), available from <http://www.jisc.ac.uk/index.cfm?name=project_olive>, (accessed 2006-10-12).

[4] OAI. "Open Archives Initiative Protocol for Metadata Harvesting (version.2.0)", (online), available from < http://www.openarchives.org/OAI/openarchivesprotocol.html >, (accessed 2005-10-12).

[5] 関一也, 松居辰則, 岡本敏雄. e ラーニング環境での学習オブジェクトの適応的系列化手法に関する研究. 電子情報通信学会論文誌, 2003, Vol.J86-D-I, No.5, pp.330-344.

[6] 小野寺直樹ほか. 拡張オーバレイモデルに基づくCAI システム: 教授ロジックと教材の作成事例, 2005, Vol.CE-78, No.1,pp.1-8.