大学における電子図書館の構築 −奈良先端科学技術大学院大学電子図書館−

今井 正和
奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科
生駒市高山町8916-5
TEL : 07437-2-5371
FAX : 07437-2-5379
E-mail : imai@is.aist-nara.ac.jp

概要

 本論文では,1996年4月から運用を開始した奈良先端科学技術大学院大 学附属電子図書館の概要について述べる.本論文執筆時現在,運用開始後半年 を経過している.この間の使用状況についても述べ,実際に運用した経験に基 づいた考察を行う.

キーワード

電子図書館,ディジタルビデオ,運用,利用統計

Construction of Digital Library at NAIST

Masakazu IMAI
Nara Institute of Science and Technology
8916-5 Takayama, Ikoma, Nara, 630-01
TEL : 07437-2-5371
FAX : 07437-2-5379
E-mail : imai@is.aist-nara.ac.jp

Abstract

In this paper, the author describes the outline of Digital Library of Nara Institute of Science and Technology (NAIST). The Digital Library of NAIST is in operation from April of 1996. The statistics of the library and some consideration based on the experiences are also described.

Keywords

Digital Library, Digital Video, Operation, Statistics

1.はじめに

 近年のコンピュータ,周辺機器と情報ネットワークの急速な発展により,各 種文書情報を電子化し,コンピュータに蓄積することが現実のものとなりつつ ある.このとき,入力の対象となる文書はコンピュータを用いて電子的に生産 された文書だけでなく,従来の紙メディアに印刷された文書,ビデオ等のオー ディオビジュアル情報も含まれている.このような各種文書を電子的に蓄積し, 閲覧を実現するものとして電子図書館(ディジタルライブラリ)の研究が盛ん に行われ,その実用化が試みられるようになってきた.[1,2,3,4]我々 はこれまでに電子図書館のプロトタイプ構築を行なってきている.[5,6] このプロトタイプ構築プロジェクトは「曼陀羅図書館プロジェクト」と呼ばれ ている.

 奈良先端科学技術大学院大学ではその附属図書館を電子図書館として実現す ることを計画し,1996年4月より運用に入っている.本学の電子図書館で は,「居ながら図書館」,「メディアセンター」,「高度な情報検索」,「ア ラート機能」を新しいサービスとして提供している.本論文では,まず奈良先 端科学技術大学院大学附属図書館の概略を示す.次に運用開始後およそ半年間 での利用状況をまとめ,実際に電子図書館を運用した経験に基づいた考察を行 う.

2.奈良先端科学技術大学院大学附属電子図書館の構成と機能

2.1 奈良先端科学技術大学院大学附属電子図書館の構成

 本学附属電子図書館は,本学の教官,学生が先端的な研究を行うために必要 とする情報を蓄え,その中から必要とする文献を検索し,要求に対して即座に 提示することによって,大学における研究活動を支援することを第一の目的と している.この目的を達成するために,図書館が収集した冊子体の一次情報を 電子化した後OCRにかけ文字情報に変換し,電子的に蓄積する.また,当初よ り電子的に供給された文書についてはそのまま蓄積する.蓄積された情報は検 索要求に応じて文字情報に対して前文検索を行い,閲覧要求により提示する. このような附属電子図書館の機能はWorld Wide Webを用いて実現されている. 機能の詳細については次節で述べる.図1に 附属電子図書館のシステム構成を 示す.附属電子図書館は次の4つのサブシステムから構成される.

・一次情報入力システム

 スキャナ,CD-ROMジュークボックスなどから構成され,各種形式で提供され る一次情報を電子図書館システムに入力する.提供される一次情報は冊子体だ けではなく,電子的なメディアで供給されるものもある.冊子体の場合にはス キャンが行われ,電子的なメディアの場合は図書館システムの内部形式への変 換が行われる.

・一次情報蓄積システム

 ディスク,光磁気ディスクジュークボックス,テープジュークボックスから なる階層的な記憶システムであり,総容量は4TBである.

・検索システム

 図書館がもつすべての情報を検索対象とした全文検索機能を提供する.また, 本システムは利用者に対するWWWサーバでもあり,ユーザからの要求に応じて 適切なページを提示する.

・AVシステム

 図書館が保有するビデオ情報を電子化,蓄積,送出するためのシステムであ る.システムは,実時間MPEG2ビデオエンコーダ,蓄積のための容量180GBの高 速ファイルサーバ,ビデオ情報を作成するためのスタジオシステムやノンリニ ア編集システムなどから構成される.ディジタル化されたビデオ情報をなめら かに再生するためには広帯域のネットワークを必要とする.

・業務支援システム

 附属電子図書館で発生する図書館業務を支援するためのシステムである.

2.2 奈良先端科学技術大学院大学附属電子図書館の機能

 附属電子図書館が提供するサービスには次のようなものがある.

・閲覧−−「居ながら図書館」

 附属電子図書館では著作権保有者の了解が得られたものについては,その一 次情報を電子化して蓄積している.このため,検索結果中の文献についてユー ザが閲覧を望んだ場合には一次情報をWWWを用いて提示する.WWWを用いること により,使用する端末の制限を受けることなく附属電子図書館が保有するすべ ての情報にアクセスすることができる.この機能により図書館利用者は,図書 館に出向くことなく居ながらにして文献を閲覧することができる. 図2に閲覧 例を示す

・ビデオ情報−−「メディアセンタ」

 これまでの図書館も,いわゆる書籍だけではなくビデオ情報やオーディオ情 報の収集,所蔵も行われていた.本学附属電子図書館では,収集,所蔵だけで はなくそれらAV情報の制作や提示についても積極的なサービスを行う.具体的 には,スタジオやノンリニア編集機を備え,利用者がAV情報を制作する段階か ら支援を行う.また提示についても,附属電子図書館と高速なネットワークで 接続されたクライアントに対してはMPEG2のリアルタイムデコーダを保有する 場合,前述の「居ながら図書館」の機能を実現する.

・検索−−「高度な検索機能」

 附属電子図書館が保有する検索可能な情報すべてを検索対象として検索を行 うことができる.検索可能な情報とは,冊子体の二次情報のみならず電子化さ れた一次情報を含む.電子図書館における検索は従来の図書館あるいはデータ ベースによる検索よりも検索対象が広い. 図3に附属電子図書館の検索ページ を, 図4に検索結果を示す.

・報知機能−−「アラート機能」

 附属電子図書館では,利用者が予め検索用のキーワードと結果送信先の電子 メールアドレスを登録しておくことができる.夜間,附属電子図書館システム は新規に入力された文献情報に対して登録されたデータを基に検索を行い,そ の結果を電子メールで利用者に送信する.利用者は検索結果の電子メールによ り,自分が必要とする文献が新たに図書館に到着したことを知る.ただし,こ のサービスは学内利用者に限られている.

・その他

 附属電子図書館では,従来は書類を作成して行っていた文献の購入依頼や複 写依頼を電子的に行うことができる.この種の機能は電子図書館でなくとも実 現できる機能であるが,電子図書館を構築したことによる副次的な機能である. また,著作権の許諾が得られない書籍については従来型の図書館サービスを行っ ている.

3.奈良先端科学技術大学院大学附属電子図書館の運用結果

 附属電子図書館は1996年4月より運用を開始し,データの入力を開始し た.本章ではこの約半年間の運用でわかったことについて述べる.

3.1 電子的な蔵書数

 4月の運用開始時点では電子的な蔵書数が0から出発したが,著作権問題が 解決したものから順に電子化を開始し,半年後の9月30日現在で約60,0 00ページを電子化した.これらはすべて電子化の許諾が得られたものであり, 作業中のものも含む.また,ビデオ情報については171件,12時間分を電 子化している.

 現在,電子化の許諾を得ているものは学術雑誌が88種類,図書が46冊, ビデオが9種である.電子化許諾については出版社ごとに対応が異なっている おり,個別に交渉を行っている.これまでに電子化許諾が得られたのは,出版 社ではエルゼビアサイエンス社,クルーワー社,日経BP社などであり,学会で は電子情報通信学会,情報処理学会,システム制御情報学会などである.

3.2 附属電子図書館の利用状況

 9月30日現在で,附属電子図書館のWWWサーバに対して約55万件のヒッ トがあった.これについて調べた結果,次のことがわかった.

・学内のアクセスは全体の30%弱程度であり,学外からのアクセスは60 %弱,不明が15%であった.これは附属電子図書館が学外に対して開かれた ものであることを示している.

・学外からのアクセスは国内のみならず,国外からもある.国内からのアク セスはor.jpドメインが最も多い.国外からのアクセスはアメリカのみならず ヨーロッパ,アジアからも行われている.残念ながら,現時点では附属電子図 書館は英語での応答を行っていないので継続的なアクセスにはなっていないも のと思われる.英語での応答は早急に解決すべき課題である. (表1参照)

4.電子図書館を構築してみて

 本学附属電子図書館は,本学の附属図書館を電子図書館として実現すること 目標として構築された.しかし,実際に運用を開始してみると,学外からのア クセスが学内のそれを上回っている.現在は,「電子図書館」に対するもの珍 しさからのアクセスも多いものと思われるが,アクセス件数は減少傾向にはな いので,何らかの利用がなされているものと思われる.以下,電子図書館の構 築に際して得られた知見を示す.

・良質なデータベースとしての電子図書館

 現時点では著作権の問題があるため,学外の利用者に対しては一部のものを 除いて一次情報を提示することはできない.附属電子図書館では一次情報を文 字データとしても蓄積しており,これらの情報と二次情報が検索対象になって いる.文献の検索は通常のデータベースでも行えるが,その場合の検索対象は 二次情報のみである.通常の文献データベースと比較した場合データベースと しての質の違いには大きなものがあり,たとえ一次情報が閲覧できなくとも, 学外利用者には有用であると考えられる.

・出版社のショーウィンドウとしての電子図書館

 出版社は様々な活動をして利用者に対して雑誌の存在をアピールしている. 附属電子図書館における検索結果に現われた雑誌(論文)は,利用者に対して その存在を知らせることになる.これは出版社の観点からみれば,雑誌の広報 が行われたことになる.

・本と雑誌と論文

 これまでの電子図書館にかかわる議論では,本と雑誌,論文の区別が明確に は行われていなかった.確かにあるキーワードでの検索を行う場合,本に対し て全文検索を行ってもその結果は利用者にとっては単なる情報の洪水でしかな いであろう.意味のある結果を得るためには,本の論理的な構造を考慮したも のでなければならない.これに対して,学術論文,とくに科学技術分野の論文 ではその長さは数ページから30ページ位までのことが多く,本に比べると圧 倒的に短い.また,本の主題は複数の話題を含むことが多いが,論文の主題は かなり狭い範囲の一つの話題に限られる.このため,論文を検索対象とする場 合は,論文の構造を考慮する必然はほとんどない.今後の電子図書館の議論の 中では,本と雑誌(論文)を明確に分けて考える必要がある.

5.最後に

 本稿では,1996年4月に運用を開始した奈良先端科学技術大学院大学附 属電子図書館の概略と,実際に運用してみて気付いたことについて述べた.電 子図書館(ディジタルライブラリ)はそのアイデアがようやく実現しつつある もので,これからも研究や試行錯誤が必要な分野であろう.また本学の附属電 子図書館は,サービスを行うことを第一の目的としているため,現在研究中の 技術はほとんど採用していない.研究が進み,実用に耐えられるものになった ものから順に積極的に採用していく予定である.

 なお,奈良先端科学技術大学院大学附属電子図書館のURLは http://dlw3.aist-nara.ac.jp/である.積極的に利用していただいて,ご意見 をいただければ幸いである.

参考文献

[1]Communications of the ACM, Vol. 38, No. 4, 1995

[2]Theme Features "Digital Library Initiative", IEEE Computer, Vol. 29, No. 5, 1996

[3]特集 ディジタル図書館, 情報処理, Vol. 37, No. 9, 1996

[4]Special Section on Digital Libraries : Representation and Retrieval, IEEE Trans. on PAMI, Vol. 18, No. 8, 1996

[5]M. Imai, C. Horii, H. Hada, N. Yokoya and K. Chihara : Design of a Digital University Library : Mandala Library, ISDL 95, pp. 119-124, 1995

[6]今井,羽田,堀井,山口,佐藤,竹村,横矢,千原,嵩:曼陀羅図書館の構築 の試み,電子情報通信学会パターン認識と理解研究会報告, PRU95-32, 1995